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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)13530号 判決

原告 古田哲夫

〈ほか二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 柴田徹男

同 今村昭文

同 篠崎正巳

被告 佐藤慎吾

右訴訟代理人弁護士 田中敏夫

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告らに対し、それぞれ金二一五万円及び内金各一五〇万円に対する昭和六三年一〇月二二日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二主張

一  請求原因

1  原告古田及び原告菊地は、昭和五六年六月当時赤坂投資コンサルタント株式会社(以下「AIC」という。)の代表取締役、原告大倉はAICの取締役、被告はAICの株主であった。

2  被告は、昭和五七年二月四日、原告らを相手方として、以下のような理由により、AICに対する二〇〇〇万円の支払いを求める商法二六六条一項五号による損害賠償請求訴訟を提起した(以下「本件訴訟」という。)。

(一) 原告古田及び原告菊地はAICの代表取締役、原告大倉はAICの取締役であった。被告は六月前から引き続き株式を有するAICの株主である。

(二) AICは、昭和五六年八月ころ三富士電工株式会社(以下「三富士電工」という。)に対し、二〇〇〇万円を貸付けた。

(三) 原告らは、昭和五六年六月一九日開催のAICの取締役会において、右貸付の決議に賛成した。

(四) 三富士電工は、業績が悪く、昭和五五年ころには整理の方針を決定していた。三富士電工は昭和五五年四月末の決算期においては約三億四〇〇〇万円、昭和五六年四月末の決算期には約四億円の債務超過があり、その財務内容は劣悪であった。しかも、AICは、昭和五六年六月ころ、すでに三富士電工に対して一億七〇〇〇万円の貸付金があり、その回収見込みがなかった。

(五) 従って、原告古田及び原告菊地はAICの代表取締役として、原告大倉はAICの取締役として、三富士電工からの新たな融資申込に対しては、これに応ずるとAICに回収不能の損害が発生することを知りまたは知りうべきであったから、これに反対するか、物的担保あるいは人的担保を条件とするなど、AICが回収不能により損害を被らないように防止すべき義務があるのにこれを怠り、あえてその貸付に賛成したものである。

(六) 三富士電工は、昭和五六年一〇月に事実上事業を閉鎖したので、二〇〇〇万円の貸付金の回収は不能となり、AICは同額の損害を被った。

(七) このように、原告らは、AICの代表取締役あるいは取締役として、AICに対する忠実義務違反があるで、会社が被った損害に対し連帯してこれを会社に賠償すべき責任がある。

(八) 被告は、昭和五七年一月、AICに対し、原告らの責任を追及する訴えを提起するよう求めたが、AICは三〇日を経過してもその訴えを提起しない。

3  被告は、本件訴訟提起に先立ち、これを本案とする仮差押を申請し、昭和五七年二月九日その決定を得、原告らのAICに対する役員報酬等に対して仮差押の執行に及んだ。

4  本件訴訟は、昭和六一年二月一〇日請求棄却となり、控訴棄却により、被告敗訴で確定した。

5  本件訴訟は、被告の他に佐藤勉(以下「勉」という。)も原告となっていたものであるが、勉は、昭和五六年六月当時、AICや株式会社赤坂グループ事務所(以下「AGO」という。)、三富士電工ほか七社ほどのグループ企業を統括する株式会社エンタープライズ・グループ・オブ・サトウ(以下「EGS」という。)の代表取締役であり、グループの総帥として各グループ企業の人事権から経営の実権、企業間の融資についての決定まであらゆる権限を一手に握っており、被告は勉の従兄弟であり、かつAGOの取締役であった。AICの三富士電工に対するグループ企業間での融資は総計四〇〇〇万円であり、うち二〇〇〇万円がAICから、内二〇〇〇万円がAGOから貸し付けられるという、いわゆる協調融資であるが、被告は、AGOの取締役として、その取締役会において、あらゆる事情を知悉しながら、AGOから三富士電工に対する二〇〇〇万円の融資について、その承認の議決に加わっている。

6  原告らは、被告の提起した本件訴訟に対して、弁護士を訴訟代理人として選任して訴訟追行を依頼し、その着手金としてそれぞれ五〇万円を負担し、その報酬としてそれぞれ六五万円を支払う旨約した。

また、原告らは、被告の本件訴訟及び仮差押の提起に対して精神的に多大の衝撃を受けたので、その慰謝料として各一〇〇万円を請求する。

7  よって、原告らは、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として各二一五万円及び着手金及び慰謝料である各一五〇万円に対する昭和六三年一〇月二二日(訴状送達の日の翌日)から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

2  同5の事実のうち、本件訴訟は被告の他に勉も原告となっていたものであるが、勉は、昭和五六年六月当時、AICやAGO、三富士電工ほかのグループ企業を統括するEGSの代表取締役であり、被告は勉の従兄弟であり、かつAGOの取締役であったこと、AICの三富士電工に対するグループ企業間での融資は総計四〇〇〇万円であり、うち二〇〇〇万円がAICから、内二〇〇〇万円がAGOから貸し付けられるという、いわゆる協調融資であることは認め、その余は否認する。

3  同6の事実のうち、原告らが被告の本件訴訟提起に対して、弁護士をその代理人として選任したことは認め、その余は不知。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1ないし4の事実及び本件訴訟は被告の他に勉も原告となっていたものであること、勉が昭和五六年六月当時、AICやAGO、三富士電工ほかのグループ企業を統括するEGSの代表取締役であったこと、被告が勉の従兄弟であり、かつAGOの取締役であったこと、AICの三富士電工に対するグループ企業間での融資が総計四〇〇〇万円であり、うち二〇〇〇万円がAICから、内二〇〇〇万円がAGOから貸し付けられるという、いわゆる協調融資であることはいずれも当事者間に争いがない。

原告らは、被告の本件訴訟の提起及びこれに先立つ仮差押が、不法行為に当たると主張するところ、訴えの提起等が不法行為としての違法性を帯びるのは、その請求が事実的・法律的根拠を欠き、そのことについて知りまたは知りうべきであるのにあえて、訴えを提起する等訴えの提起等が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合であることを要するものである。そこで、その観点から以下検討する。

二  前記当事者間に争いのない事実に、《証拠省略》によると、以下の事実が認められる。

1  三富士電工は、昭和五〇年一二月一五日設立され、当初はねずみ駆除器の製造、販売を業としていたが、経営内容は極めて悪く、昭和五三年七月ころには不動産業に業種転換したものの、これも思わしくなく、昭和五五年夏ころからは、社内的に内整理作業が進められていた。その決算をみても、昭和五五年四月末の決算期において約三億四〇〇〇万円、昭和五六年四月末の決算期において約四億円の債務超過となり、その財務内容は劣悪であった。

ところで、三富士電工は、設立以来、EGSグループ内の貸借として、AICから何回にもわたり金銭を借入れ、昭和五四年二月二七日現在の借入高は合計約六〇〇〇万円に達していた。

三富士電工は、その整理を進めるためにも、他からの資金援助が必要であったので、昭和五六年、EGSグループ内の協調融資として、AIC及びAGOに対し、整理のための資金としてではなく、事業再建資金の名目でそれぞれ二〇〇〇万円ずつ、合計四〇〇〇万円の無担保融資を求めた。これに対し、AICは、同年六月一九日、取締役会に三富士電工の役員を呼んで、その再建可能性等について説明を求めたうえ、特に物的担保や確実な人的担保を求めることもなく、原告三名を含むAICの大多数の取締役の協議の結果、三富士電工の再建資金としての貸付を全員一致で承認した。

その後、本件貸付が無担保で実行され、三富士電工側の説明のとおり、三富士電工の取引金融機関である永代信用金庫(以下「永代」という。)等に対する借入金及び金利並びに代理店に対する営業保証金の返済の一部に当てられた。

三富士電工は昭和五六年八、九月ころから営業をやめ、同年一二月一八日麻布税務署に対して休業の事実を届け出た。そして本件貸付金は全く弁済されないままその回収は不能となった。

2  ところで、EGSは、経営コンサルタント業等を業とし、勉はその代表取締役であったが、その傘下にAIC、AGO、三富士電工などが企業グループとして運営されていた。EGSは、EGSグループ内各社との間に顧問契約を締結し、経営指導の名のもとに各社の業務を統括していた。また勉は、EGS清伸会という任意団体を創設し、清伸会は、グループ各社の経営計画や資金計画、役員、管理職等の人事に関する事項その他取締役会で決定すべき会社運営の重要事項に関する事項について、各社に対し承認、指導、助言する権限を有するものとし、清伸会の役員は企業グループ各社の管理職の中から各社の推薦により同会の終身会長である勉の委嘱を経て就任することとされていた。このように、AICは、EGSとの間の顧問契約を通じてEGSから業務の統制を受ける一方、清伸会との間でも協定を締結し、会社の重要事項について、清伸会の会長である勉の事前承認、指導助言を得なければ、これを決定、実施できないような状態にあった。

EGSグループ企業である三富士電工が事業不振のため、EGSの招集のもとに、昭和五五年五月その対策会議が開催され、三富士電工の事業を閉鎖し負債を整理する方針が打ち出されたが、三富士電工の自社資金による整理は困難であるので、外部から資金を導入する以外に整理の道はなく、その資金調達をEGSグループ内では際立って業績の優れ資金に余裕のあったAIC、AGOに頼ることとなり、EGSは右両者から三富士電工へ整理資金を導入する方針を固め、一旦はAIC、AGOの三富士電工に対する直接貸付でなく、その間にEGSまたは勉を介在させる貸付方法が採用されることとなったが、その後の検討の結果、AIC、AGOから直接三富士電工に対し資金を貸し付けるものとされた。

そこで、三富士電工は、事業再建計画案を作成し、三富士電工からAIC、AGO宛の金銭借用申込書及び三富士電工がAICらに資金協力を要請する旨の三富士電工の取締役会議事録とともに提出した。そして、三富士電工は、前記のとおり、AICの取締役会に出席し、三富士電工の前記事業再建計画案等に基づき再建築の説明をした。その趣旨は、三富士電工の不動産業務の不振により、金融機関等からの外部負債を決済するために約四〇〇〇万円が必要であるが、AICからは二〇〇〇万円の融資をして欲しいこと、残りの二〇〇〇万円はAGOから融資してもらう予定であること、これが実行されれば三富士電工は身軽になったうえ極力経費を圧縮して不動産仲介業務(特に媒体を利用したもの)を遂行することが可能となり営業利益の中から借入金の返済が可能となること、また三富士電工の金融機関借入金の担保のためにAICより金融機関に提供されていた約一億七〇〇〇〇万円の定期預金についても今回三富士電工の金利負担を軽減するために相殺処理をしてほしいこと、これをすればAICの三富士電工に対する求償債権が残るけれども、営業利益の中から返済していくことも可能であること、以上の内容であった。また、EGSグループの顧問弁護士及び税理士から貸付自体には問題はないとの意見が付されていた。これに対しAICの当時の社長であった原告古田から本件貸付資金を負債の整理にあてることで本当に再建は可能であるかどうかとの真剣な質問があり、一方原告大倉からは三富士電工は減資すべきである等の意見が出された。その後、AICの出席役員全員が討議した結果、三富士電工の事業再建は見込みがないわけではなく事業収益による将来の回収は必ずしも不可能ではないとの判断に立ち、右再建計画案を了承し、本件貸付をその場で承認した(担保提供の条件は付せられなかった)が、減資や返済計画及び資金状況について今後報告すること等を三富士電工側に求めた。

なお、AICは、EGSグループ内の他の企業と同様主要金融機関を永代としていたので、永代に対する信用を失墜せず、同組合に対する関係を引き続き良好に保っていくうえで、本件貸付は必ずしも無益なものであるとはいえないものであり、現にAICと永代との関係はその後も円滑に進んでいる。

三  以上の事実が認められるところ、これによれば、①本件貸付の行われた昭和五六年当時の三富士電工の経営・財務内容は劣悪であることが客観的に明らかであった、②したがって、三富士電工に対して、物的担保はもとより、確実な人的担保を何ら徴することなく、二〇〇〇万円もの融資を行えば、将来その回収が不能となる蓋然性は極めて高いものであった、③それにもかかわらず、三富士電工からの貸金の回収可能性の調査、検討には不十分なものがあり、然るべき担保措置を要求すらしなかったというのである。そうしてみると、AICの取締役である原告らが、回収不能が必至とも言うべき本件貸付に賛成したことは、特別の事情がないかぎり、その忠実義務に違反するものと考えるほうがむしろ自然のように思われる。

ところが、前記認定の事実によれば、本件貸付の背景には、特殊な事情、即ち、④本件貸付の目的は投資ではなく同一企業グループ内の他社に対する救済融資であったこと、⑤AIC及び三富士電工はEGSを頂点とした同一企業グループ内にあるというだけにとどまらず、EGSとの顧問契約、清伸会規約によりEGSから業務及び経営に関し強い統制を受け、もともと、企業の自主性がかなり制約されており、EGSからの指示があれば原則として右グループ内の企業との共存、繁栄を図るとの理念のもとにその指示を拒否しがたい立場にあったが、本件貸付はそのような関係にあるEGSからの指示によったものとみられること、⑥三富士電工は本件貸付当時対外的負債の整理に迫られ、右借入はこれを遂行するうえで必要なものであり、AIC、AGOがEGSグループにおいてはもっとも業績が良かったので、両会社に融資を求める事となったものであり、AICは、資金の必要な事情、再建による資金回収可能性や貸付自体には問題がないとのグループの顧問弁護士らの意見等について三富士電工の役員から説明を受けて検討した結果、同社の再建の見込みは全く無いとは言えないものとして承認したというもので、本件貸付によりAICとしても主要金融機関である永代に対する信用を失墜せずにすみ、その後の永代との関係の円滑化に役立っていること等の事情があり、これらを総合してみると、AICの取締役である原告等が、その取締役として許容される経営判断の範囲を超えて会社の利益を犠牲にし自己又は第三者の利益を図ったとはにわかに断定できないし、またその判断に取締役として忠実義務に違反するような過失があったとも言えないところである。

しかし、独立の営利法人であるAICが、回収不能が必至となる多額の貸付を行うことは、特にそのような危険を冒してまでこれを行うに値するような利益が期待されるような事情があれば格別、単に④ないし⑥のような事情があるだけでは、その取締役としての忠実義務に違反すると判断することも、商法二六六条の解釈上あながち不当であるとも言えないと思われ、そうであれば、本件訴訟の中心的争点である原告らの忠実義務違反の存否に関する被告の主張は、結局採用されなかったとはいえ、事実的・法律的根拠を欠くものとは到底言いがたいものである。

なお、被告の署名押印に争いがないから、その成立を推定する甲第五〇号証によれば、被告は、AGOの取締役として、同時期に三富士電工に対する協調融資に賛成したことが認められる(《証拠省略》中これに反する部分は、不自然であって採用できない。)から、被告は、過去にAGOの取締役として、AGOが三富士電工に対する協調融資を行うかどうかという同様の場面で自らこれに賛成しておきながら、後になって、これと同種の本件貸付を取締役としての忠実義務に反する行為であるとして本件訴訟を提起したものであって、被告がEGSの代表取締役であった勉の従兄弟であり、勉とともに本件訴訟提起に至ったことをも勘案すると、本件訴訟提起の主たる目的が、本来の目的からいささか外れているのではないかとの疑いは払拭しがたいが、被告において訴権の濫用に当たるような目的のみに出たものとまでは断定できず、本件訴訟がAGOの取締役ではなく、グループ企業とはいえそれとは別個の会社であるAICの株主としての資格に基づき、AICのためにAICに代わって提起されたいわゆる代表訴訟であり、かつ、前記のとおり、商法の解釈上原告らに取締役としての忠実義務に違反する点があると評価する余地がないとまでは言えない以上、いずれにせよ本件訴訟の提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものとまでは言えないものである。

四  また、《証拠省略》によれば、原告古田は、昭和五六年一〇月、その所有する不動産をその妻に贈与していることが認められ、また、原告らにはその当時、AICから得る取締役としての報酬以外には格別の財産があったものとも窺われない以上、二〇〇〇万円に及ぶ損害賠償請求権の保全のために、原告らの右報酬債権を仮に差し押さえる必要性もなかったものとは言えない。

五  そうしてみると、被告の本件訴訟の提起及びこれに先立つ仮差押の申請・執行には、いまだ不法行為としての違法性があったものとまでは認めることができない。

よって、その他の点について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九三条一項、八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤陽一)

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